絶対無理はしないという約束で、散歩に出してくれた。
そわそわしながら、あのバラ園まで近づく。
どうしても、アーチをくぐることが出来ない。
やっぱり帰ろうかな、と思い後ろを振り向いたその時、上から声が降ってきた。
「せっかく来たのに、帰るの?」
目の前には誰かの服。
視線を上に上げれば、彼がニヤッと笑っていた。
理解したとたん、後ろに飛びのく。
「あ、その態度、俺傷つくなあ。」
何処も傷ついた風に見えない笑顔で、私を迎えてくれた。
「あの、私がここから来るって、どうして?」
「ああ。一昨日こっちの方から帰っていったからね。ここら辺で待っていれば、会えると思ったんだ。
この間は、悪かったよ。だからお詫びに、俺の取って置きの秘密の場所教えてあげるよ。俺の後、付いて来て。」
ニカッと笑った後、振り返ることもなく、ずんずんと進んで行く。
私が必ず、付いて来ると信じているようだ。
とか思いながら、一生懸命についていく私もどうかしている。
10分くらい、歩いたろうか。
ホラここだと言って、目の前の生垣を両手でよけて私を通してくれた。
一気に視界に海が広がる。
離宮の一番端らしく、小さめの岬のギリギリまで芝生が多い、色とりどりの花がそこかしこに咲いていた。
岬の真ん中あたりに、石で出来た色々な彫刻がされた、可愛らしい東屋がポツンとあった。
「さ、お嬢様どうぞ?」
と、東屋の椅子に座らせてくれる。
海からの風が心地よく、海原が見渡せ、まさに取って置きの秘密の場所だった。
「気に入ってくれた?」
「ええ!とても素敵だわ!本当に秘密の場所ね。よく、こんな所を見つけたわね。すごいわ!」
「喜んでくれると嬉しいよ。でも実は、俺が見つけたんじゃないんだけどな。俺も、教えてもらったんだ。
何かあると、よくここに忍び込んでいたよ。海風に吹かれていると、いやなことも何もかも、忘れていくんだ。」
そう言ったイザークの表情はとても柔らかくて、でもどこか守ってあげなければいけないような子供のような表情もしていた。
それには気付かなかった振りをする。
「私が言えることではないけど、ここって皇太子殿下の離宮なんでしょう?忍び込み暦が長そうなんだけど、
見つかったら捕まるだけでは、すまないよねえ?今まで、大丈夫だったの?」
「ああ。俺、殿下の友人だから。ここ教えてくれたのも、殿下だし。」
「・・・えっ?」
何ですって?私もしかして、すごいことしていた?
「で殿下の友人ということはイザークさんもお貴族様でそんな方にこんな気軽に話しかけて
しかも忍び込んでいるのばれているしそれに私がこの国」
「あああ〜。落ち着いて。大丈夫、誰にもしゃべらないから、安心して。それに俺、お貴族様じゃないし?
たまたま、殿下がご学友だっただけだしね。」
「でも、友人てだけでもすごいわ」
「あんたは、友達のバックをみるの?」
そういったイザークの表情は、とても不安そうで真剣だった。
そうよね。親なんて関係ないものね。ごめん。
「ごめんなさい。友達は友達だわ。」
「だろ?俺とあんたも友達だしな?」
晴れ晴れとした笑顔で、言ってくれた。
ともだち・・・。
「嬉しい!私、こっちに来てから友達いなくって。」
「こっち?ああ。この国に来てからな。じゃ、俺が第一号か、嬉しいね〜。」
やばい!こっちって言っちゃった。
でも、いい風に勘違いしてくれたみたいで、良かった。
私も貴方が、友達でよかった。
「またここに、ここに来てもいい?」
「ああ。一人のときでもいいよ。」
「良かった。あ、じゃ、私そろそろ帰らないと。」
「ああ。気をつけてな。」
「有難う。また、会えたら会ってね?」
「ああ。」
そうして、イザークさんと別れ、ルンルン気分で帰っていった。
私がロスさん家に入っていくのを、イザークに見られていることも知らずに。



その海に面した街は、皇太子の離宮があることで有名であった。
大陸の覇者サイモンの皇太子が、たまにとはいえ必ず訪れる離宮のため、
その街に入るにはかなり厳しい、関所を通らなければいけなかった。
陸側は、関所を一箇所に決め、そこ以外はすべてぐるりと壁で囲っていた。
海側は、貿易の港が三ヶ所あり、その港全てに関所を設け、徹底して厳しく管理していた。
そこまで厳しいと、商人の足は遠退きがちだが、皇太子殿下のお膝元であること、
その離宮を見に観光客が絶え間ないことなどで、いつも人々の活気で溢れかえっていた。
そうなれば、商魂たくましい商人が見逃すはずもなく、さらに活気が溢れ、
サイモンでも第二の都市と呼ばれるほどの大きな街に成長していた。
海路がある分、王都より、色とりどりの商品や人が溢れていた。
その離宮は、白い大理石で作られており、昼間は白亜に、陽が落ちる頃は紅く、
夜は月の光を海が反射して青白く輝く、歴代の皇太子が愛した美しい建物だった。
人々はその青空に映える白い離宮を、街のシンボルとして大事にしてきたのだった。





離宮より少し離れた場所に、皇太子殿下のお抱え医師、名医と名高いフォードの邸宅がある。
結構な身分の医師だが、周りの者とあまり変わらない家を構え、
誰彼となく訪れる患者を診ている、人々に熱い信頼を受けている医師であった。
王宮での第一線は息子に譲り、のんびりと町医者を営んでいた。
しかし、医者を訪れるには大分遅い頃、一人の青年が足早に門をくぐっていった。
ベルを押すのももどかしいらしく、連打しながら扉をたたいていた。
やっと扉の奥で、足音が聞こえる。
「はいお待ち下さい。今お開け致します。」
執事が扉を開け、訪れた青年を見ると納得がいったのか、何も会話をせずに、招き入れ、
鍵をしめ、奥の客室に案内した。
「只今、主人を呼んで参ります。」
会釈とともに、部屋を出て行く。
代わりにメイドが現れ、彼の好みのお茶をいれ、去っていった。
お茶の香りで少し気分が落ち着いた頃、フォードがやってきた。
「お待たせいたしました。お久しぶりですな。このような時分に如何なされましたか。」
「フォード、お前知っていただろう。」
「はて、いきなり言われても何のことやら。」
まったく話が見えませんなと、言いたげに首をかしげる。
「いや、お前は知っているはずだ。あのロスのところにいる黒髪の娘を!なぜ、黙っていた。
お前なら、気付いたはずだ!」
「・・・あの娘に会われたので?」
「ああ、会ったさ。話もした。自ら『カイリ』と名乗ったあの娘に!」
「・・・そう、会われたのですか・・・あの娘に・・・。」
「フォード!どういうことだ。」
「とりあえず落ち着いてくだされ。イザーク様。」
メイドを呼び、新しくお茶を入れさせた。
先程とは違うため、爽やかな芳香が部屋全体を包んだ頃、ポツリとフォードが話し始めた。
「2ヶ月ほど前に、セネイが離宮の浜辺で発見したのです。打ち上げられていましてな。
すぐに、私が呼ばれました。一目見て分かりましたよ。
年齢の割には、幼いですがあの『カイリ』様以外には考えられませんからな。」
「では、なぜ知らせなかった?」
何故?その瞳は辛く歪んでいたが、まっすぐにフォードを見ている。
それに耐えられず、イザークから視線をはずした。
「イドが使われたようです。」
「なっ?!本当か?」
信じられない、信じたくない言葉に、勢いよくイザークは椅子から立ち上がった。
「はい。あの娘はあまりにも、この世界を知らなさ過ぎます。話すのは、異世界のことばかり。
イドを使われる前に、記憶を操作されたものと見られます。」
「・・・なんてことだ・・・!」
あまりのことにくず折れるように、イザークは椅子に体を預けた。
「名前は名乗りましたか?」
「・・・ああ。」
「なんの変化も見られなかったでしょう?」
「・・・。」
確かに。軽く流されてしまった。「イザークさん?」と。
記憶があれば、そんなことはあるはずがなかった。
別人かと思った。思い込もうとした。カイリと名乗る、あの瞬間までは。
「記憶を戻す方法はないのか?」
「それは、分かりません。封じたのか、消したのか。それによって対処が違いますから。
それにこれは、医術ではなく、魔術に属するものと思われます。」
「そうか。」
「しかし、あれから20年。ここまで術が効いていると言うことは、かなりな腕の持ち主となります。
この国には、そう何人もいないでしょう。それに、何故今、帰ってこられたのか。
手引きしたものがいると、考えていいでしょう。」
「そうだな。イドを使える魔術師となると、そう多くはないな。俺の方でも探すが、フォードの方も探ってくれ。」
「分かりました。・・・が、その後はどうなさるおつもりで。
カイリ様が第一候補だったのは、20年前のこと。事情が違うのですぞ。」
「・・・そんなことは、分かっている。・・・・・カイリかも知れないのに、・・・何もしないなんて・・・!そんなこと。」
苦しげにつぶやくイザークに、わざと現実を知らしめる言葉を吐く。
「今の第一候補は、シシリアン様とおっしゃいましたかな。」
イザークはグッと、拳をきつく握り締める。
「フォード、後は任せた。」
「はっ。」
フォードが頭を下げる中、後ろを振り返りもせず、イザークはフォード邸を後にした。
朝靄立ち込める中、離宮がひっそりとたたずんでいた。

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