ここのところ、カイリの様子がおかしい。 それがロス夫妻の一致した意見だった。 ロスは体力が戻ってきて、歩き回れるようになったのが嬉しいのだろうと、気楽に考えていた。 が、セネイは違った。 女の勘とでもいうのだろうか。 今のカイリは、まるでロスとであった頃の自分を見ているようだと、思っていた。 すなわち、恋をしている。 それは、人前に出たということに、他ならない。 こんなことならもっと前に、カツラなり何なりすればよかったと思っても、後の祭りだ。 もう、その男性(?)が心優しい人であることを祈るしかない。 が、約束を破ったことには違いない。 そこは、言っておかなければ。 今日はカイリの勉強の日だ。 体力もついてきたので、世間の常識も知っておいた方がいいとフォードの勧めで、 言葉の読み書きや、一般常識、歴史などを教えることにした。 もちろん、セネイの仕事になった。 カイリの部屋の前で、覚悟を決め部屋をノックする。 「カイリ、入ってもいいかしら?」 「は〜い、どうぞ。」 相変わらず可愛らしい声が、聞こえてきた。 扉を開けると、椅子に座りテーブルに陣取って微笑んでいるカイリがいた。 勉強するのが、楽しくて仕方ないらしい。 今の所、優秀な生徒だった。 最初はまったく読めなかった文字も、今では嘘のようにすらすらと読めるようになった。 彼女の性格を現すような、素直で綺麗な文字もセネイのお気に入りだった。 「今日は勉強の前に、一つ聞きたいことがあるの。」 椅子に座ったとたん、おもむろに口を開くセネイ。 改めて聞かれるようなことがあっただろうかと、首をかしげるカイリ。 「単刀直入に聞くわ。私たち以外の人に、会ったわね?」 否やとは言わせない、その強い視線にカイリは頷くしかなかった。 「怒っているわけじゃないのよ。約束を破ったことに違いはないけれど。 ただ・・・。貴方が嫌な思いをしたんじゃないかと思ってね。」 「ごめんなさい。でも。・・・とても、やさしい人でした。」 はにかみながら嬉しそうに言われると、もう何もいえないセネイだった。 「そう。・・・よかったわね。詳しく聞かせてくれる?」 「ええ。」 それから、彼との出会いを語り始めた。 頬を軽く染め、嬉しそうに語るカイリは可愛かった。とても、年上とは思えないほどで。 その語る彼が、優しそうな事も嬉しいことだった。 「そういえば、名前は聞いたの?」 語り始めてから結構経つが、彼の名がまだ一度も出てきていないことに気がついた。 「はい。イザークさんと言うそうで。」 「・・・イザーク・・・?」 名前をきいたとたん、セネイは固まった。 今、カイリはなんと言った?イザーク?しかも銀青の髪で、長髪?そんな特徴的な人、一人しか知らないわ。 けど・・・・まさかね。 「セネイさん、イザークさんを知っているんですか?」 「そ、そうね。たぶん知っている人だと思うわ。ロスの知り合いで、似たような人がいたから。」 「ロスさんの?」 「ええ。ここ最近、みかけないけどね。」 「そうですか・・・。あれ以来会えないので・・・。」 「仕事が忙しいんじゃないかしら?また、そのうち会えるわよ。」 「そうだといいんですけど・・・。」 先ほどとは打って変わって、落ち込んでしまったカイリ。 どうにか元気になってもらおうと思うが、どうしたらいいのか。 セネイまで、考え込んでしまう。 「そうだ。今度フォード先生の許可が出たら、街に買い物にいきましょう? まだ、この敷地から出たことないものね。気分転換には、持ってこいよ。」 「嬉しい。先生許可くれるかしら?」 「きっと大丈夫よ。カツラをかぶって、その瞳を隠せば平気よ。 何を着ていこうかしらね。カイリは何でも似合うから、着せがいがあるわ〜。」 そういって、楽しそうにこれからの予定を考えるセネイは、すごく可愛かった。 でも、気のせいだろうか?セネイの怪しく光る瞳が少し怖いなんて・・・。 なにか、これからが大変な予感がする。 勉強そっちのけで、語るセネイにため息がこぼれるカイリだった。 無事フォードの許可を得て、カイリは初めて街に出ることになった。 髪はすべて編みこんで一つにまとめ、その上から金髪のカツラをつけ帽子をかぶる。 帽子には、顔が半分ほど隠れるレースが付いているため、瞳の色が誤魔化せるものだった。 服はカイリの白い肌に映える、セネイの若草色のワンピースを借りた。 ワンピースとは言っても、丈は足首ほどまであるロング丈で、一昔前の西洋の貴婦人といった印象を受けた。 「どう、ロス力作よ!」 軽く化粧まで施したカイリをロスの前に引っ張り出す。 セネイは自分の仕事が上手くいったことで、大満足らしい。 先ほどから、笑顔が輝きっぱなしだ。 ロスはセネイと一緒に出てきた、大変身したカイリに自分の妻の器用さを、驚くやらあきれるやら、 呆然としっぱなしだった。 「ロ〜ス〜。なにか、言うことあるでしょ〜?」 いつまでたっても、バカみたいに口を開けっ放しで、一言も発しない夫に痺れを切らしたセネイが詰め寄る。 先ほどまでのあの笑顔は一体どこに行ってしまったのか。 妻の豹変にやっと気付いたロスが、慌てて口を開きだした。 「す、すごいよ。カイリまったくの別人だよ!どこのお嬢様かと思ったさ! これなら、どこに出してもおかしくない、立派なレディだよ。 カイリは少し幼く見えるけど、今なら年相応だよ。セネイ、君はまったく素晴らしいね! この短期間でここまで仕立て上げるなんて!君も今日は、お洒落をしているんだね。 一段と美しいよ。僕の妻は何をやらせても素晴らしいね。惚れ直したよ。」 そういいながら、セネイを抱きしめ頬にキスをした。 セネイは嬉しそうに、頬を染めキスを受けていた。 その横で、カイリは呆然と二人を見ていた。 さすが異文化というか、西洋チックだからか? この美辞麗句(?)が、あの純朴なロスさんから出て来るとは思わなかったよ。 セネイさん、当たり前のように受けているし。 つーか第三者の目の前で、そのスキンシップはどうよ? それは、普通なのか?今までみなかったぞ。 ていうより、私が家族として受け入れられたからこその、目の前スキンシップなんだろうか? ・・・受け入れられて本当に良かったのか? 慎ましやかな文化で育った日本人としては、もう少し控えてほしいなあなんて、思ったり。 ていうより、こんなことでうろたえているいい年をした私は、どうよ? なんか、一気に疲れたよ。 「ん?カイリどうかした?」 「なっ、なんでもないです。そろそろ行きませんか?」 「そうね、じゃ、ロス行ってきます。」 「ああ。行っておいで。カイリ楽しんでおいで。」 「はい。行ってきます!」 セネイさんと二人、街へ繰り出した。 気に入ったものがあれば、買ってくれるという。その資金源はロスさんのへそくりだ。 こっそりセネイさんが、ちょろまかして持ってきたものだ。 何かお淑やかなイメージがあったセネイさんだったけど、 こういうところはやっぱり主婦なんだな〜と思った。そんな所も可愛いけれども。 |