あの日流人さんと要さんと、メルアドと携帯番号を交換してもらっていた。
もう嬉しくて飛び上がりそうだった。
自分からするなんて恐れ多くて、でも友だちだし〜なんてドキドキしながら、携帯をいじっていたら要さんからメールが来た。
今日の流人さんの行動チェックと、それよりも詳しい要さんの一日が。
笑ってしまった。
でも最近流人さんに会えなくてたまっていた鬱憤が、いつの間にか消えていた。
ありがとう、気を使ってくれて。そして、返信メールと称してメールしやすい環境を作ってくれて。



あれから大学で何度か流人さんに会い、色々話をして普通に友達として接して、信頼関係を築いていった。
グチを聞くだけ聞いたり、勉強を教えあったり楽しく過ごしていった。
流石にスタジオはもうなかったけれど。
この頃には携帯で話をするのも慣れてきて、お互いの生活が多少見えてきた。
一人暮らしで料理がすごく上手なことや、要さんは幼馴染だとか。
私がバイトで生計を立てている(学費と家賃は親が出してくれている)一人暮らしといったら、家に連れて行ってご飯をご馳走してくれるようになった。
その手捌きにも驚いたけれど、味は絶品だった。
私の母も上手かったけれど、その上をいくと言っても過言ではなかった。
流石、自分で言うだけのことはある。
流人さんの友だちが定着した頃私の友達は、「信じられない」「やられた」「先にすればよかった」など、言いたい放題で友だちになった記念として、食事をたかられた。
なんで、私が奢るはめになるんだろう。



真紀ちゃんにもたかられた。
真紀ちゃんには、全てを話していたから、何もいわずによかったねと、一言言ってくれた。
「でも、奢るんだね?」と言えば「それとこれとは、別。」だそうだ。
見ていて気持ちいいほど食べてくれた。・・・バイト増やそうかな?
あれ以来、要さんとは学内では会わない。
あれだけ目立つのに不思議なこともあるものだ。
流人さんや要さんに聞いても「内緒」で、終わってしまう。
実際に会って聞いても、あの笑顔の前ではそれ以上聞けない。
あの笑顔には、絶対なにかあるのだが・・・。なんなんだろう。



要さんとのメールのやり取りで、たまにでてくる流人さんの「天使」さん。
やっぱ彼女かなあ。あれだけ素敵な人だから、いてもおかしくない。
けど、いくら友だちでもそこまで聞けないし。
天使さんの事を考えると、胸が痛くなる。
実は、その事が一番辛い。
きっかけをつくってくれたのに、今の幸せはあなたがくれたのに。
それなのに。
流人さんの一番大切なあなた。
それがとても、羨ましい。
流人さんを知れば知るほど、近付けば近付くほどあなたが・・・。
友だちになれるだけで、すごく幸せと思っていたあの頃が、とても懐かしい。
あの頃のままだったらどんなに良かったかと、何度も思うけど、何度やり直してもこの思いは育つのだろう。
この思いは秘めたまま、私は「流人さんの友達」。
それが、幸せなことに変わりはないのだから。



ある日、流人さんに誘われた。
「どこに行くんですか?」
「真由に会いたがっている人がいるんだ。少しだけだから。」
なにが少しなのかは分からないけれど、流人さんの知り合いに紹介されるらしい。
どんな人に会うのか、すごくドキドキする。
そこは落ち着いたお洒落なレストランだった。奥の個室に案内される。
そこには、流人さんが女性で少し年をとったらこんな感じという女性と、可愛らしい子供が二人いた。
二人とも一生懸命に、可愛らしい手でコップを持ってジュースを飲んでいた。
この女性が私と同じ名前の天使さん?なんて、笑顔の綺麗な人。
確かに、天使だ。
この人が私にきっかけをくれた人。こんな綺麗な人に私は嫉妬していたの?
私はなんて、バカなのだろう。この人の代わりなんて、出来る筈ないのに。
・・・憑き物が取れたように、心が軽くなった。
「流人久しぶり。めずらしく時間どおりね。そちらのお嬢さんが真由さん?」
「ああ、真由こいつが緑川茉莉華(みどりかわまりか)。お前に会いたがっていた奴だ。」
え、茉莉華さん?真由じゃなくて・・・?
「あ、はじめまして。蘿蔔真由です。」
「とりあえず二人とも座って。飲み物勝手に頼んでおいたけどいいかしら?」
「ああ。」
席に座ったと同時に飲み物が来た。
流人さんには茉莉華さんと同じ赤ワイン。
私にはウーロン茶、飲めない事を伝えてくれていた。
「とりあえず、乾杯。」
茉莉華さんは嬉しそうに私を見ている。
「あ、この子達はね私の子供。さ、挨拶は?」
そう促されてまず男の子がたどたどしく挨拶してくれた。
「みどりかわあおいですっ。きくぐみ4さいですっ。」
「みどりかわまゆです。ももぐみ4さいです。」
・・・あなただったのね。
二人とも茉莉華さんに似た、可愛らしい顔をしていた。
よく出来たと褒めているのは、流人さん。
流人さんなんか、人格違うよ。
茉莉華さんは、当然よという顔をしている。
こういう字よ、と鞄から出したメモに「葵」「茉由」とかいてくれた。
「もう分かっただろうけど、こいつらが俺の天使なんだ。」
「・・・流人さん、顔くずれてるよ。」
もう可愛くてしょうがないという風に、頭をなでていた。
すると、嬉しそうな顔で茉莉華さんが私を見ている。
「私ね、真由ちゃんあなたにどうしても会いたかったの。流人の女の子に対する価値観を変えてくれたあなたに。」
「え?」
そういえば、女嫌いの噂があったよね?それの事かな。
友達の私がいる時点でその噂、嘘ものっぽいし。
「流人こんな顔しているでしょう?昔から女の子がほっておかなくてね。
しかも、仕事が仕事だしね。皆、顔で集まって利用するような子ばかりだったのよ。
嫌気がさしてもおかしくないわよね、そんなんじゃ。
偏った価値観も作られてしまうわね。
でも、それをあなたが変えてくれたのよ。
女の子にも誠実な子がいるって。当たり前なんだけど、この子には新鮮だったのよ。
ありがとう。姉としてお礼がしたかったの。身内だと、どうすることもできないから。」
そういって、笑う。少し淋しそうな笑顔。今・・・姉っていった?
「お姉さん・・ですか?」
「あれ、いわなかったけ?」
そ知らぬ顔で流人さんが言う。
「言ってません。でも似てるからそうかなとは、思ったけど。でも、お姉さん?私そんなお礼を言われるような事してないんです。気持ちは嬉しいけど、なんか恥ずかしいです。」
ふふっと、笑う。
「そんなあなただから、いいのよ。要のお墨付きだから安心はしてたけど。会ってますます気に入ったわ。」
茉莉華さんも笑う。
「え?要さん?お知り合いなんですか?」
ここで要さんの名前が出てきてビックリした。
「要はね、私の子分なの。」
たまには、貸してあげるわよ?なんて、いわれても困ってしまう。
そんな私たちを、流人さんが優しい目で見つめていた。
「おねえちゃん、リュートのかのじょ?」
フォークを片手に茉由ちゃんが聞いてくる。
「茉由ちゃん、彼女じゃなくてお友だちなの。」
「じゃあ、まゆともともだちになってくれる?」
「私でよければ、もちろん。」
女同士で話していると、あわてて「あおいも、あおいも!」と葵君が割り込んできた。
「もちろん葵君もね。」
この天使たちに気に入ってもらえて良かった。
特に茉由ちゃん。あなたのおかげで流人さんと友達になれたんだもの、本当にありがとう。
今なら、心からそう言える。
でも、「彼女」発言にはめちゃくちゃビックリしたよ、流石に。
そうなれたらどんなにいい事か。
女の子って、どんなに小さくても女なのね。
それから、茉莉華さんに奢ってもらった食事はとてもおいしかった。
色々話をした。
私がいわゆる逆ナンをして、友だちになったこと。
最近会わないバックバンドの要さんや中川さん、長谷川さん、田所さんの事など。
そして初めて知ったこと。
要さんって、大学生じゃなかったんだ。
もう25歳になるそうで、あの日は流人さんを驚かす為に迎えに来ていた事、そこでたまたま私に出会い気に入ってくれたこと。
茉由ちゃんもそうだけど、要さんがあの日私を、あのスタジオに連れて行ってくれたから、ここまで仲良くなれたと思うと人の出会いに感謝する気持ちになった。その事をいったら、
「確かに。普段ろくな事をしないけど、たまには役にたつよな、要も。」
と言って、茉莉華さんが爆笑していた。
こんなにも綺麗なのに大口開けて爆笑、最初のイメージは崩れたけどもっと好感が持てて、好きになった。
話せば話すほど、その魅力に取り付かれていくようで、こんなにも素敵な女性と会えてとても嬉しかった。
そして、私にはあなたが天使だわ、茉莉華さん。



茉莉華さん親子は、旦那さんが迎えに来て帰っていった。
大人の男はこうあるべきというような、とても渋くてかっこいい旦那さんだった。
美人には美男がつくのね、と感心したものだ。
車に乗るとき茉莉華さんが私を見て、にやりと笑った。
あの笑顔はいったい何・・・?
今、流人さんの車で私の家に向かっている。
結局赤ワインを、一杯だけ飲んで後はジュースを飲んでいた。
だから、車の運転は平気だというけれど。
ま、お酒に強いのも、運転が上手いのも知っているから大丈夫だろう。
「流人さん、今日はありがとう。とても楽しかったです。」
「そう言ってくれると、嬉しいよ。姉貴はあんなだけど、悪い奴じゃないんだ。あれでも、色々考えてくれる。俺の頼もしい味方だし。所で、俺の天使ってずっと彼女だと思ってたろ?」
「うっ・・・。だって・・・ね。まあ、途中から違うかなあ〜とは思ってましたけど。」
「本当かね。そろそろ、その敬語やめない?」
「え?いきなりですか?」
「友だちなのに、不自然でしょう?て、何回言ったっけ、俺?」
「・・・・・。」
そう言われても。これが、なかなか直らなくて。
流人さんがこっちを見て、にやにやと笑っている。
どうやら、またからかわれているらしい。
でも、反論できないのがとっても悔しい!こっち見てないで、前向いて運転してよね!
「と言うことで、俺の部屋で飲みなおし決定ね。」
「はいはい。」
どうせ最初から、私の家になんて向かってなかったくせに。
まあ、久しぶりにあの家に行くのもいいか。とりあえず、このドキドキばれないかしら。

前頁目次次頁