お前の妹だよ。

は?

何の冗談だ。



お前の両親が事故で亡くなったと、連絡をもらったのは夏の暑い盛りを過ぎた10月になろうかという頃だった。
数年ぶりの実家に帰ることになったわけだが、勘当されてそろそろ6年。
荷物などとうに処分されているだろうから、実家に帰るというのに旅行のような大荷物になってしまった。
遺体は実家に運びこまれているというので、病院に向かうことなく実家に急いで帰ると、俺の代わりに忙しく働いてくれていた伯父夫婦にまず、両親のもとへ案内された。
俺の実家は結構大きな日本家屋なので、襖を取り除けばけっこう大きな広間になる。
その大広間の横の和室に、物言わぬ両親が静かに横たわっていた。
「二人ともきれいな顔しているでしょう?」
そう言ってきたのは、両親の横に座っていた父親の妹、叔母の美智子だった。
その美智子の膝では、泣き疲れたのか目元を真っ赤にはらした4〜5歳の女の子が眠っていた。
彼女の娘だろうか?
数年ぶりなので、よくわからない。
ただ、両親は穏やかに眠っているようだった。
それだけが、救いだったと、病院に駆け付けた美智子が言った。
出先で車のハンドル操作をまちがえ、崖から落ちたそうだ。



即死だったそうだが、それでこんなにも顔が綺麗なのが、奇跡のようだと駆け付けた救急隊員も言っていたそうだ。
なぜか通夜は明日、告別式は明後日になるそうだ。
友引やら仏滅やら、お坊さんとかの関係らしいが。
まあ、これでもかなり早く対応してくれているらしいんだが。
俺の代わりに動いてくれていた伯父の明がひと段落したところで、大事な話があると、部屋に呼ばれた。
そこには父の兄にあたる明、京子夫妻、父の妹になる美智子、友広夫妻、そして母の妹にあたる里香、和彦夫妻と、美智子の膝で眠っていた女の子の、計7人がいた。
穏やかに話し始めたのは、最年長者の明伯父だった。
「一葉(いちは)お前が聡に勘当されてもう、どのくらいになるかな」
聡というのが親父の名前だ。
「そろそろ6年かな」
「その間一度も家には、寄り付かなかったんだろう?」
「そりゃ・・・寄れないし、どの面下げてっていうのもあるし」
「聡は、お前が根を上げて頭を下げてくるのを待っていたんだよ。知っていたかい?」
「・・・・・・・・・そんなこと言われても・・・さ・・・」
「まあ、今更こんなことを言っても仕方がないしな。・・・とりあえずお前を驚かそうとして、聡が黙っていたことがあるんだよ。まあ、・・・びっくりしてくれ。美智子」
「はい、兄さん」
明伯父が美智子叔母に手を差し伸べ、その手に女の子の手を載せ、俺の前に引き出してきた。
「一葉、お前の妹だよ」


は?
何の冗談だ。


目が点になるというのは、こういうことだろうか。
俺の前に出された子供はよくて、5歳くらいだろう。
現在おれは、29歳になる。
一人っ子歴29年だ。
それが・・・妹?

「あの・・・明さん?俺・・・一人っ子なんだけど」
「そうなんだが、聡の娘なんだよ。正真正銘お前の妹だ。ま、おどろくだろうなあ」
しみじみと言われてしまった。
周りの親せきも笑っている。
そりゃそうだ。
それが本当なら、お袋にとって超高齢出産だ。
しかも、子供の俺に黙っているなんて・・・。
「お前を勘当したのはいいけれど、思っていた以上に衝撃があったみたいで。もう一人子供がほしいと思うほどの、寂しさがあったそうだよ。一葉?」
にっこりとほほ笑まれてしまった。
でもそれって、俺のせいか?
ほんと、あの両親はなんなんだ、いったい。
そういえば先ほどから一言も話さない子供。
こちらのことを気にかけているようだが、ちらちらと俺の顔を盗み見している。
視線を合わせてみると、どうしていいのか分からないという顔をされた。
とりあえず名前もしらないので、まず名乗ってみることにした。
「えーと、水瀬一葉です。お嬢さんのお名前を教えてくれるかな?」
「みなせもりです。・・・いちはって、あのいちはちゃん?」
ん?
あのいちはちゃん?
なんだそれ。
答えに困っていると、助けてくれたのは叔母の里香だった。
「森李ちゃん、そうよ、あの一葉ちゃんよ〜」
里香はもう、何が楽しいのか笑顔満開だ。
すると、さっきまでのおどおどした態度を一変して、ぱあ〜と笑顔になった森李は、俺の膝に乗り上げてきた。
「あのね、ママがね、いちはちゃんのおはなしいっぱいしてくれたんだよ!でね、でね、いちはちゃんがもりのおにいちゃんで、あいにきてくれるって!」
膝に座り笑顔ではなす森李は、確かに可愛らしい。
まだ、何か言っているし。
が、妹・・・、なんか複雑だ。
俺の娘でもいい感じだし。
頭をなでてやると、何が嬉しいのか「にひゃ〜」と笑った。
片手でつかめる小さな頭、さわり心地のいい髪の毛、面白いのでグリグリしてみた。
其の度に不思議な笑い声を立て喜ぶ、森李。
まだ両親が亡くなったというのが、よくわからないのだろう。
それを思うと、不憫だ。
優しくしてやろうと、自然に思った。
そんな俺たちを見て、
「でもこれで一安心よね。告別式で仲の良い兄妹を見せてあげられることだし。それが一番の供養になるでしょうしね〜」
とは、美智子さん。
それに賛同したのが里香さんだ。
「そうよね〜。やっぱ兄妹仲良くないとね。でもこれからは二人仲良く暮らしていくんだし、良かったわ〜」
明さんの奥さんの京子さんも賛同して、女性陣は嬉しそうだが。
「は?暮らす・・・?」
どういうことだ?
「あんた何言ってんの?兄が妹と暮らすのに、何の理由が必要なのよ!しかも森李は、こんなに可愛いのに!何の不満があるっていうの!?」
・・・いや、不満ていうか。
「そうよ〜。あんたが保護者なんだから、しっかりしなさいよ!」
・・・保護者?
「一葉君には、今日からここに住んでもらいますからね!そして、森李の面倒をしっかりみるのよ!」
住む?

女性陣からたたみ込まれ、たじたじとなる。
伯父さんたちは苦笑しているだけで。
俺がここに住むのは決定的のようだ。しかし。
「で、でもおれ、仕事があるし、それに・・・」
「何言っているの!何処にいたって仕事できるでしょう?物書きなんだから」
とは、美智子さん。
でもそれが問題で。
「でも、俺の職業で子育てっていいの?それに、親父は2度と敷居は踏ませないとか・・・いろいろいっていたし・・・」
「もうここまで、上がってきているのに何言っているのよ!職業に貴賤はないって言ったのは、あんたでしょうが!」
いや、そうなんだけど・・・・・・。
「でも俺・・・物書きとは言っても・・・・・・ポルノ専門だよ?」
そう、そこなんだよ、問題は。
勘当の原因も実はそれだし。

俺だってこの子はかわいいと思うよ?
でもそういう雑誌やらに埋まった仕事をしている俺が、こんないたいけな子供を育てるというのは・・・。
何かいけない気がする。
「まあ、それはおいといてだ。結構評判がいいそうじゃないか。食うに困らないんだし。今まで好き放題してきたんだから、両親への親孝行として頑張れ。何かあれば、私たちもいるんだから、な?」
という、明さんの一言で俺の引っ越しが決まった。

葬儀の手続きは明さんが引き受けてくれていたので、俺がしたことと言えば、編集さんに引っ越しのことや、事情を説明することだけですんだ。
喪主は一応俺ということで無事葬儀も終わり、森李との新しい生活がスタートした。
今までとは全く違う、健康的な波乱含みのスタートだったが。

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