「あれ?忍さんこっちは反対方向なんじゃ。」 「すぐだから、ちょっと付き合ってくれないかな?」 「はあ。いいですけど?」 それきり、忍さんは黙ったまま。 けっこう安全運転だけど、外の景色は私の知らないものに変わっていった。 走り出して30分くらいしただろうか。 「着いたよ。」 そうして、起こされた。 私は、眠ってしまっていたのだ。 残業の疲れにお酒を飲んでいて、この車の揺れ。 これで、寝ない人にあってみたいものだ。 「ごめんなさい、寝ちゃってたみたいで。」 「いいよ。気持ちよさそうだったから。」 くすっと笑われてしまった。 車から降りるとそこは、土手の上みたいで。 下のほうにはサラサラと小川が流れていた。 小川の周りの草むらに、小さな明かりがぽっぽっぽっと、蛍が飛んでいた。 満月の光のなか、蛍の明かりだけが薄暗闇のなか輝いていた。 その幻想的な風景の中、言葉も出ずにただただ見とれていた。 どのくらい、時間がたったのか。 忍さんが、ぽつりと話始めた。 「今日、誕生日なんだって?おめでとう。ちょうどいいときに逢えたよね。」 「あ、ありがとう。そういってもらえると凄く、嬉しい。でも、もうおめでたい年じゃないんだけどね。」 「そんなことないだろう?自分で言っちゃダメだよ。たとえそうだとしても。」 「あー!そんなこと言っちゃうんだ。ふふっ。気持ちだけもらっておくわ。」 また、沈黙が支配した。 忍さんは、何か言いたそうだけどしばらく待つことにした。 「ここ、すごい綺麗だろう。何年か前に見つけてさ。俺の、気に入りなんだ。ここに、君と来たかったんだ。 どうしても。これ・・・覚えているかな。」 そうして、なにか丸いものを渡された。 これ・・・石? ちがう・・・これ・・・。 この石は・・・。 「どうして、忍さんがこれを持っているんですか?だって、これは・・・タクヤくんに・・・。」 「やっぱり覚えててくれたんだ。そうだよ。あの日、君にもらった水晶だ。」 「タクヤくん・・・なの?」 「うん。迎えに来るのが遅くなって、ごめんね。遅くなりすぎて、もうダメかもとか思ったんだけど。 諦められなくてさ。まだ、俺は間に合うのかな、みさきちゃん。」 寂しそうに微笑んだ忍さんは・・・・。 この瞳を見たことがある。タクヤくんの瞳だ。 どうして、今まで気付かなかったのか。 あのタクヤくんが、アイドルになっていようとは、思ってもみなかった。 こんなに、いい男に成長しようとは・・・。 今まで溜まっていた言葉が、気持ちが、溢れてくる。 「・・・私ね。ずっと忘れられない人がいるの。 どこにいるのかも、何も知らない、名前しか分からない人なんだけど。」 「・・・うん。」 「約束したの。迎えに来てくれるって。・・・年下なのに、凄くませてた男の子なんだけど・・・。」 「うん。」 「体の弱い私をいつも、気にかけてくれたやさしい男の子・・・」 「うん。」 「初恋の人でね。すごく・・・凄く大好きだったの。・・・いまでも、凄く好きなの。」 「うん。」 「結局、私の心には彼しかいなかったの・・・。」 「うん。」 「周りはもう、諦めろって言うんだけど・・・・諦めても、あきら・・・められなか・・たの・・・。」 「うん。」 気持ちと共に、涙が溢れてくる。涙ごと、心ごと受け止めてくれる・・の? 「ずっと・・・アイドルの・・・有川・・しのぶに・・・タクヤクンを・・・重ねて・・みてきたの・・・」 「うん。」 「ずっと・・・ずっと・・まってたの・・・・こんな・・・年に・・なっても・・・。」 「うん。」 「貴方だけを・・・・心に・・・思って・・いきて・・きたの・・・よ?」 「うん。こんなに、待たせてごめん。でも、もうずっと一緒にいられるから。 ・・・みさきちゃん。お・・・僕のお嫁さんになってくれる?」 「・・・はい。」 私の頬に伝う涙を、指でぬぐってくれる。 「キスしても・・いい?」 「・・・いいよ。」 初めてのキスは、涙の味がした。 ギュッと抱きしめてくれた胸は、とても温かった。 あの日の約束は、心からの約束。 お互いの心で約束したんだね・・・。 私たち。 「でも、どうして私が明美の友人だと分かったの?」 「ごめん、実は・・。美崎ちゃんのことは興信所に調べてもらっていて。 かなり前に、居場所は分かっていたんだ。けど。会うきっかけがなくてさ。 それで悩んでいたら、潤がさ。相談に乗ってくれて。友人欄に明美ちゃんの名前を発見したんだ。 で、潤が従兄弟会を開くように働きかけてくれて。後は、もう説明しなくてもいいよね?」 「・・・そうだね。」 タクヤという名前は、あだ名(?)だった。 その当時大好きだったアニメの主人公に、タクヤというヒーローがいて、あまりにも好きすぎて、周りからタクヤと呼ばれるほどだったという。 最初にあったとき、慣れている「タクヤ」と名乗ってしまったそうだ。 そりゃ、いくら探してもみつからないよね。 はあ。 興信所に調べてもらったのが、1年前だそうだ。 なんで、それまで調べなかったのかと、後で聞いたら。 「仕事も軌道に乗って、蓄えもできて美崎を養う準備が出来たんだ。 で、社長にすべてを話し、結婚の許可をもらったんだ。その代わり、社長の言う条件をすべてのんでさ。 で、それらをクリアしたのが、1年前で。やっと、調べることができたんだ。」 と、爽やかに笑いながらいった。 あの再会(?)から一年。 親は腰を抜かしながら、泣いて喜んでくれた。 友人たちも、腰を抜かしていたけど。 とりあえず、私は有川という苗字に変わったが、日々元気に仕事をしている。 心にはタクヤくんを。 潤いと隣には忍をおいて。 たまに、コンサートに行ったりもする。 こんな生活に、大満足の日々である。 ちなみに、明美と潤は同棲を始めた。 結婚は二度としないと言い切っていた彼女だが、彼の勢いに押されサインをするのは、そう遠くないと思う。 車のプラモデルと水晶のビー玉は、大事に寝室に飾ってある。 ふたりの初恋の記憶と共に。 ―――――完――――― |