あった。
町外れのちょっと寂れたビルの、地下にあるバー。
『やすらぎ』
階段を下りて、落ち着いた木製のドアを開ける。
中は少し暗めの、落ち着いた雰囲気に満ちている。
テーブル席が5客に、あとはカウンター席のみ。
店内には茶髪に金のメッシュが二本入った目つきの鋭いお兄さんが一人、グラスを磨いていた。
目が合うと、鋭い目を細めやわらかく微笑んで、出迎えてくれた。
「いらっしゃい、咲子さん。」
え?私の名前知ってるの?
と、驚いているうちに私の口が勝手に、動いていた。
「こんばんは、京介さん。」
そう言って、彼の目の前の椅子に腰掛ける。
あれ・・・。私、なんでこの人の名前知ってるの?
私の考えてる事が分かったのか、グラスをおきながら微笑んだまま京介さんは言う。
「以前いらした時に、自己紹介しましたからね。久しぶりですね、咲子さん。相変わらずお美しい。」
「ありがとう、そんな事言ってくれるの京介さんくらいよね。京介さんも、相変わらずかっこいいよ?」
「お褒め頂き光栄です、ミセス。ところで、今日は何にいたしますか?」
「う〜ん。ここにきたら、すっきりしたのでなにかお勧めのをお願い。」
「では、今宵の貴方に最適な当店オリジナルを。」
京介さんの瞳が、きらりと光った。



なにかふわふわする。
優しくて低い良い声がする。


キミハホントウハドウシタインダイ?


何もかも見据える鋭い瞳が私を見つめる。


この心の奥にある、どろどろとしたこの感情を認めたくない。
愛していないのは、本当。
でも、私のものを取られたそれが許せない。
あれは、わたしのもの。
この、醜い・・・独占欲・・・。
彼の幸せを望んでいるのも本当・・・なの。
私では、できないから・・・。
でも・・・!
でも・・・!


デハソノミニクイカンジョウガイラナインダネ?


ソノジャマナモノハワタシガスイダシテアゲヨウ


ホライマラクニナルヨ


京介さんが笑っている。
どうして上着のボタンをはずすの?
京介さんのたくましい胸元が見えて・・・え?
なにもない。
なにか黒いもやみたいのが見える。


京介さんが笑っている。


う・・・なにか・・・くちから・・・でていく・・・


京介さんの黒いもやに吸い込まれていく。


京介さんが笑っている。


京介さんが笑っている。


京介さんが笑っている。


あの鋭い瞳が微笑んだ


サアコレデキミハモウココロカラワラエルヨ




気がついたら、自分のベッドだった。
昨日天野さんと別れた後から、記憶がない。
よく無事に帰ってこれたな。
なんか、・・・すごいすっきりしている。
ここ最近なかったことだ。
やっぱ、言いたいことを言って飲んだのが、良かったかな?
天野さんに、感謝!
あれ以来、天野さんはあの話を振ってこない。
吹っ切れたのが目に見えて、分かるのだろう。
会議までの一週間、本当に仕事が楽しかった。
始めた頃のように。


天野さんと残りのスタッフ二人と、本社ビル会議室へ歩いて行くと怒鳴り声が聞こえた。
「お前境さんはどうしたんだよ!どうして、ちがう女と結婚するんだ!」
「子供が出来たってどういうことだよ!」
「お前にはずっと、境さんだけだっただろう?それが、どうして!」
ああ、彼が責められているのね。
「境さんとは、終わったんだ。子供が出来たから、結婚する。ただ、それだけだ。」
「それだけって・・・!他に言い様があるだろうが!」
そういえば、デリカシーは無かったけど、言い訳は嫌いだったわね彼。
なにも知らない二人がビックリして私を見ているし、天野さんは「ざまあみろ」と笑っている。
確かに、そんな気持ちあるけど・・・。
会議室のドアを開け、皆の視線のなか微笑んだ。
一番ビックリするであろう、彼の顔を見るために。
こう言うの。
「久しぶり。結婚するんだって?おめでとう。元気な赤ちゃん生まれるといいね。」


今なら、心からあなたの幸せを願える。
それが伝わるといい。


また、新しい恋を始められる。
























暗闇の片隅で女の子の声が問う。
「これで、二回目だよ?」
「だって、彼女いい子なんだもん。笑顔が可愛いだろう?」
「・・・それって、私よりも?」
「ふふ。それはどうだろうね。」
「・・・ずるい〜。」
「ほら、お客さんがくるよ。準備して?」
「は〜い。」


















「やあ、いらっしゃい。」

「こんばんは、京介さん。」


                         ―――――完―――――

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