辛くなったらいつでもお越し下さい。






私の家から会社まで、1時間。
毎日電車に揺られ家と会社の往復の日々。
・・・この間までは、違ったけど。
まだまだ花であると信じたい、27歳独身OL彼氏なし。
でも現実はこんなものよね。
いくら花だって言ったって、近寄ってくる虫もいなければこないだその虫に、捨てられたばかりだ。
二股のあげく、相手の女性が妊娠したそうだ。
本当に、やってられない。
2年も付き合って、いつから二股されていたのかも分からないし、本当に愛していたのかと聞かれると、答えられない。そのことに、気付いたのだ。
そんなだから、結果的に別れてよかったのだ、お互いになんて、思っている自分がどうかと思う。
捨てられたその日の夜に、そんな結論に達した自分に、嫌気がさした。

一応9年も社会にいるのだから、私生活のトラブルを会社に持ち込むほど若くない。
おかげで仕事は、順調・・・とは言い難いが、この一週間なんとか無事に済んでいる。
私はある化粧品会社の企画室で、シャンプーやバスコロンといった新製品開発室の
サブチーフマネージャーとして、忙しく働いている。
サブチーフマネージャーといえばかっこよく聞こえるけど、平たく言えばサブチーフ専用の
マネージャーなのだ。
サブチーフが行くところどこまでも!と、行動を共にする。このサブチーフがとても有能な方で、
こき使われているけど、仕事をしているという実感がある。
この忙しさのおかげで、仕事をしている間は彼を忘れられている、と言うのもありがたい事実だ。
でもその彼というのが、本社に席を置く営業担当で、3ヶ月に一度企画室や開発室、営業など
あといくつかの部署で「お客様の動向チェック」という名の会議が開かれる。
これには、チーフかサブチーフどちらか一人、プラス担当者2名が出席ということになっていて、
サブチーフ出席の時は、私も出ることになっている。
しかも、次の会議の時はサブチーフの番だったりする。
この会議に出席する人達は、私と彼のことを知っている。
会議が始まるまでには、どこからもれるのか別れたことは知れ渡ると、見た。
一応捨てられたことになるわけだから、そんな会議にはもちろん出たくない。
同情なんて冗談じゃない。
これ以上・・・。
あの彼にも、まだしばらくは会いたくない。
それなのに、会議は一週間後。
今度の会議には、彼の名も入っている。
あの彼もなあ、もう少し考えて別れてくれよ。
仕事とはいえ、自分が捨てた女に二週間後に会うんだよ?
あと二週間、待てなかったのかしら?
あ〜あ、本当にやってられないわ・・・。

サブチーフである天野千尋(あまのちひろ)さんは、32歳の可愛らしい奥さんだ。
お子さんはまだいないので、バリバリの現役だ。
その天野さんと私境咲子(さかいさきこ)で、会議のことで打ち合わせをしながら居酒屋にいた。
ちょうど今日金曜日だし、そのまま飲み会に突入でしょう。
「これで、会議の打ち合わせはOKでしょう。で、ここらで本題に入ってもいいかな?」
おもむろに天野さんが言う。
・・本題?
真剣な表情で私の顔を見つめたあと、ズバリ口を開いた。
「ねえさっちゃん、彼と別れたでしょう?」
いきなりそれですかい!
「えっ・・・・。気付いてました?」
「もちろん。仕事中気が抜けてることが多いもの。しっかり者のあなたが、そんな事になるのって
彼の事ぐらいでしょう?大丈夫、気付いてるのは私だけだから。」
その一言にほっとする。
天野さんに迷惑をかけているのは心苦しいけど、他の人にばれてないのはありがたい。
天野さんの優しい瞳を見ていると、すごく安心する。ありがとう。いつも、相談にのってくれて。
「自分では、大丈夫だと思っていたんですけどね。態度に出ちゃってましたか。
修行不足ですね。精進しないと。」
まだ一杯目のウーロンハイで喉を湿らす。
天野さんは、せかさず黙って待っていてくれた。
「実はですね。捨てられちゃいました。」
あはは、やんなっちゃいますよね〜と言いながら、笑ってみる。
「・・・どういう事?」
目が据わっていますよ・・・?
「二股かけられていて、相手が妊娠したそうです。」
「なんですって・・・?向こうからお願いしてきたのに、二股?」
「天野さん、こんな事言うと怒るかもしれないけど。もう、いいんです。」
「本当にそれでいいの?」
「はい。確かにショックでした。でも、今回の事で分かったことがあるんです。
確かに好きでしたけど。愛してるかと言われれば、答えられない自分がいるんです。
それに、何度か結婚を考えてくれって言われたけど、どうしても考えられなかったんです。
あの時は若いから?なんて思っていたけど、今回の事でこれが答えだったんだなって。
彼のした事は最低だけど、結果的にみて良かったかも?なんて思うんです。」
「・・・そういう考えも有りだけど、そんないい子でいると後の反動がでかいよ?」
「私だって、年相応の経験はしてますから、大丈夫ですよ?」
「じゃ今日は、失恋記念ということで思いっきり飲もう!」
「それ、さんせ〜!やった、天野さんの奢りだあ〜。」
「お〜、飲め飲め!お姉さんがおごっちゃる!」
お互いウーロンハイで、乾杯した。

「でも本当にデリカシーのない男だよね。すぐに仕事で再会するのわかってるのに。」
「そうそう。悪者はあの男になるんだから、そうとう居心地悪いよね〜。」
「あの男、会議で集中砲火浴びるの分かってるのにな。覚悟しろ!天罰だ!」
「う〜ん、そのくらいはね〜。あれ〜?でもどうして悪者って皆に分かるの?」
「あの、デリカシーのなさなら、自分からボロを出すに決まってる!でなきゃ、私が出させる!」
「なるほど〜。かっこい〜。」



などど、二人で言いたい放題言って大分すっきりした。
だいぶ酔っていたけど、天野さん無事に帰れたかな?
電車の線路が違うので、居酒屋で解散した。
私はというと・・・。
すっきりしたけど、飲み足りないというか・・・。抑えてたものが出ちゃったというか・・・。
繁華街を、ふらついていた。
そういえば、ここから少し行った所に落ち着いた感じのバーがあったことを、思いだした。
むか〜し昔、振られた時もそこで飲んでほっとしたんだっけ。
なんで、忘れていたんだろう。
そこに行ってみるか。

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